先日、インドネシア人の友人と母国語について話していた時のこと。
友人は日本に来て21年目で、普段は日本語を話しているのですが、最近インドネシアに住む家族と電話している時に、咄嗟に母国語であるインドネシア語が出てこない時があると言っていました。
彼女は、多少発音に違和感はあるものの、かなり綺麗な日本語を話します。
一般的な日本人と比べても、彼女の話す日本語はかなり上品で美しいと思います。
でも、かなり流暢な日本語を話されるのですが、未だに漢字はほとんど書けないし読めないと言っていました。「聴く・話す」と「読む・書く」はどうやら連動しないようです。
そんな彼女ですが、話す日本語の流暢さに反比例して母国語が咄嗟に出てこないというのは、ちょっとショックだった様でした。
実は友人同様、私も英語が最近出てこない時や、書けない事があって、なんとかしたいなと思っていたところでした。
思えばギターにしても、学生の頃に結構弾けたハズなのに、20年以上ほとんど触っていなかったら全くと言っていい程覚えていなくて、ショックを受けた事があります。それで、なにかギターの代わりに楽器に触れていたいと思い立ち、ギターと似ていて持ち運びに便利なウクレレを習い始めたのです。
で、英語についてですが、使っていない訳ではないのでゼロに戻っている訳ではないのですが、それでもかなり忘れている気がします。
好きな英国人や米国人のブログは時々読んでいますし、ネットで気になることがあって調べる時も、有効な情報は英語だろうが、日本語だろうが関係なしに読んでいるので、忘れているハズでは無いと思っていましたが・・・・なんだろ?正直なところ、最近英語に自信が無いのです。
多分、友人と同じく日頃話していないから、咄嗟に言葉が出てこない時があって、それがちょっとショック。
英語以外でも、年齢的なものもあり、花の名前とか、人の名前とかがやっぱり咄嗟に出てこないことも。でも英語の場合は年齢的な物忘れとはちょっと違うような気がします。
そして実をいうと、日本語にも自信が無いのです。日本語は使っているのに自信が無いって変ですが、この気持ちはずーっと以前から持っていて、こうやって今日本語でブログを書いていても、もっと正しい日本語の使い方があるのではないかしら?とか、もっと上手な言い方があるのではないかしら?とか。。。美しい日本語を使われていらっしゃる方々のブログを読んでは、なんて皆さん言葉選びが上手なんだろう。。。と関心することばかり・・・。
このような事を思うのは、多分基礎的な事が理解できていないからじゃないかしら?とも感じているのです。「語学の基礎」というもの。
美しい言葉とか正しい言葉を使うためには、ちゃんとした基礎があったほうが自信が持てると思うのです。
そう、丁度先日家をリフォームした時に、基礎からきちんとリフォームしたように。
いくら床板を綺麗にしても、基礎の土台がしっかりしていなければ、グラグラしてしまいます。
つまり、基礎というのは一番大事な土台のこと。底辺のこと。
なので、基礎的な事をきちんと学んで、自分が話す言葉にもっと自信を持ちたいのです。
とりあえず、まず英語ですが、本当に基礎的な易しい英語の学習書を使って学び直そうと思っています。
特に文法とか。
選んだ教材は、ネットで評判の良かった「ALL IN ONE Re-Start」というオールマイティに基礎英語が学べそうな本です。(出版社:Linkage Club、著者:高山英士 氏)Amazonでの内容紹介が正に今の私の思っていたことと同じだったから。日本語の文法用語が理解出来るかなと不安はありますが、日本語の勉強にもなりますし。
昨年Evernoteを使ってカレンダーの言葉を書きとっていたように、今回もEvernoteを使ってみようと思います。
冬の間の3ヶ月ほど掛けて、この「ALL IN ONE Re-Start」を続けていこうと思います。
そして語学の記録も時々こちらに綴っていきたいと思っています。
12.07.2012
11.24.2012
リフォーム後に変わったこと。
1階のLDKのリフォームが完了しました。
リフォームの理由は、義父が部屋からLDKまで歩きやすいように、バリアフリーにすることと、夏涼しく冬暖かい部屋にすること、そして迫り来る自分たちの老後も気持ちやすく暮らせるようにすること・・・。
子育て世代の方と、私のような子育ても終わり老後を考え始める世代とでは、リフォームに対する考え方も違うと思うのです。
リビングからみたダイニング
キッチン側から観たリビング
掃除がしやすいようにシンプルに。
キッチン
片付けやすいように
なるべくシンプルに清潔に。
食器棚
地震があっても食器が飛び出しにくいように。
リフォームをして、雑貨などのモノに対する考えも少しだけ変わりました。
リフォーム前までは、気に入った雑貨などはとりあえず購入して、どこに置くかは後から配置を考えていて、必要以上にモノに溢れていたように思えます。
雑貨などを見るのも飾るのも、実は今でも大好きなのです。
でも今回のリフォームを期に、扱いやすいもので、なるべく自然素材で、年を重ねても付き合えるもので・・・・・そして必要以上にモノを増やさないように・・・飾るのは少しだけにしようと考えるようになりました。
食器棚には必要な食器だけを残し、食器は丁度単身赴任で食器が必要になったご家族の方や友人へ、本類は本好きな友人へ、鞄や雑貨類も必要な分だけ友人が貰い受けて下さいました。
食器棚には必要な食器だけを残し、食器は丁度単身赴任で食器が必要になったご家族の方や友人へ、本類は本好きな友人へ、鞄や雑貨類も必要な分だけ友人が貰い受けて下さいました。
私くらいの年齢になると、近い老後の生活も考えるようになってきます。
20代、30代の頃には考えられなかったのですが、この歳になると食器がたくさんあっても、日々の食事自体がシンプルになってきて、そんなに食器が必要じゃ無くなってきたり、高い場所に脚立に乗ってまでモノを取るのが辛かったり、高い場所の割れ物や重い物を取り損ねて落とすのでは・・と思うと、なるべく手の届くところで、取りやすいように、扱いやすいもの・・・などと考えるようになりました。
日々の掃除やお手入れがしやすくて、整理整頓がしやすくて、清潔感溢れる暮らしをしたいと思うのと、そして自分がいずれこの世を去る時に、自分の所有している「モノ」が、残された家族にとって処分に困ることが無いように・・・・そんな事もふと思うようになったのです。
ところで、現在の私の部屋ですが・・・
相変わらずまだモノに溢れている私の部屋です。大好きで以前揃えた雑貨などが有ります。
友人のところに迎えられて、お嫁に行ったモノもあって、これでも以前よりかなり少なくなりました。
残ったのは、トーベヤンソン・コレクションの本、ミシン、裁縫道具、ムーミンやフクロウのメンちゃん、リカちゃんにリトルプーリップ、次男が作ってくれたマリメッコのファブリックパネル、イッタラのグラス、キャス・キッドソンの小物などなど。
今はまだ手元に置いておきたいものだけど、この部屋も、また考えが変わる時がくるのかもしれないなぁ。。。
大切なモノ、可愛いモノ、好きなモノ。。。お手入れや暮らしやすさを考えながら、無理せず、じっくりとつきあっていきたいなぁと思います。
11.16.2012
寒くなってきたので・・・
昨日北陸はとても寒い一日となり、夕飯はおでんにしました。
LDKのリフォームで、キッチンにIHクッキングヒーターを導入しました。以前はガスだった為、古いおでん鍋は使えないかも。。。と覚悟していたのですが、義母が残してくれたおでん鍋は、ホーローだった為全く問題なく使えました。
とても古い鍋なのですが、このお鍋、本体は分厚い黒いホーローで出来ていて、持ち手はごげ茶色の木製という、なかなか凝った作りのレトロなお鍋です。(でも、何故か蓋が無い!(笑)なんとか他の鍋の蓋で兼用できました。。。)
そういえば、義母から譲り受けた雪平鍋も、やたらと重いなぁ。。。と思っていたら、IHでも使えるように底がステンレスになっていて、これもそのまま使えました。
お鍋をほとんど買い変えないといけないのかなぁ。。。と思っていたので、非常に助かりました。
寒くなってきたので保温ポットを出してきたのですが、色がメタリックな赤で、キッチンに置くとなんだか色が妙に浮いてしまうのです。
そこで、このポットにもジュートで編んだお洋服を着せてみました(笑)
今まで無機質で表情を感じた事が無かったポットだったのですが、ジュートで包んだ途端、不思議な事に生き物のように表情を感じます。まるでペンギンがお洋服を着せられて、ツンとおすまししているように感じるのです。なんだか可愛くて微笑ましい。
今朝は、昨日とはまるで違い、日中は久しぶりの快晴でした。
午前はウクレレ教室でしたが、前回の反省も踏まえ、毎日少しずつでもウクレレに触って練習してきたおかげで、どうにか伴奏に合わせて弾く事が出来ました。
やはりちゃんと弾けると嬉しいものです。
でも明日からはまた寒さが戻ってくるとか。。。
先日からウェイン・W・ダイアー博士の著書"Change Your Thoughts, Change Your Life"の邦訳版「老子が教える 実践道(タオ)の哲学」を読み始めました。ダイアー博士の本を読むのは久しぶりです。大好きな老子の『道徳経』81章をダイアー博士なりの見解と解釈で書かれた著書です。
この本を手にとってみると不思議なことに、表紙に訳者の名前が書かれていません。
今までですと、柳町茂一氏や、渡部昇一氏などの名前が書かれていたのに・・・はて?と思いつつ、本の後ろのほうの出版社情報を読んでみると、「柏倉美穂さん」となっていました。調べてみるといろいろなジャンルの本の翻訳をされていらっしゃる方のようで、ダイアー博士の翻訳者としては始めてのようです。老子の道徳経とダイアー博士の"Change Your Thoughts, Change Your Life"をどのような日本語に置き換えてあるのか・・・も楽しみながら読みたいと思っています。
秋の夜長に、温かい飲み物と読書。。。家に居る時間が長くなりそうです。
11.02.2012
継続の偉大さ、改めて感じる。
今日は、久しぶりのウクレレ教室の日でした。
リフォームなどでバタバタしていて、一ヶ月もウクレレを休んでしまいました。
日々の練習を休めば、その時の状態で停滞するのではなく、後退してしまう。。。分かっていても、それをつくづくと感じました。まるで記憶が無くなってしまったかのように、指も腕も頭も曲についていけないどころか、弾き方自体まで忘れてしまっているのです。
「一日5分でもいいから、ウクレレを触って、弾き続けたほうがいいですよ。」
先生のおっしゃるとおりだと思います。
1時間練習して1週間休むよりは、一日5分でもいいから練習を続けていくほうが、記憶されていく。。。。ウクレレだけじゃなく、語学学習やその他いろいろな事にも言えることだと思います。
例えば、日々の掃除。
3年前から、「トイレ掃除は朝一番に必ず毎日やる」と決めて続けてきました。
旅行とかで家を空けた日以外、ずっと続けてきたのですが、毎日毎朝、汚れていれば勿論、汚れていなくても毎朝起きて一番最初に掃除をしていたら。。。。。綺麗な状態を維持出来るので、毎日の掃除時間が短くて済むということに気づきました。毎日掃除をしていると、サッと拭くだけで擦らなくても蛇口はピカピカに綺麗だし、ホコリもたまる前に拭くのでたまらないし、綺麗な状態をキープ出来て、日々の掃除が楽なのです。
これを昨年は毎朝15分の語学学習や、100円ノートのスクラップブックで実践してみて、「私はためずに短い時間でやったほうが、効率よく続けられる」と気づいたのです。
そう気づいていたにも関わらず、それをウクレレに活かせていなかった。。。
というか、ウクレレの事を一ヶ月思い出しもしなかった。。。
今日帰宅後、習ったウクレレのソロパートを練習しました。
まだ上手く弾けないけれど、毎日続けてみよう、継続していこうと、心に誓ったのでした。
習い事といえばもう一つ。「茶道」があります。
ただ何となく、いつかお茶を習ってみたいと密かに思っていたのです。
年々、日本文化の良さやに触れたいという思いも強くなってきていましたし、所作の美しさ、立ち居振る舞いなど、若い時は思いもしなかった仕草なども、美しくありたいと思うようになってきていたのです、
ただ、最初の頃「茶道」と聞くと、敷居が高く感じれて一歩が踏み出せなかったのですが、いろいろな「茶の湯」関連の本を読んでいたところ、ある本(森下典子さんの著書『日日是好日』)も読んだのをキッカケに、やっぱり思い切ってお茶をやってみたいと思ったのです。
どこの教室に通うかと探していたら、お友達の紹介である先生とのご縁を結んでいただき、まるで用意されていたようにトントン拍子に話が進み、不思議なくらいスムーズに「茶の道」に入っていました。
「茶道」。
通ってみると、何故こんなに出来ないのか。。。と我ながら唖然としました。
歩き方、挨拶の仕方、お茶のいただき方、お点前に至っては、何度やっても覚えられない。。。。
盆略、千歳盆略、薄茶、濃茶。。。
それぞれに、方法が違い、更に季節ごとにお道具が変わる。
柄杓(ひしゃく)でお湯を汲む時戻すとき、水を汲むとき、持ち方も変わるし汲み方も変わる。
先生は
「頭で覚えようとしなくていいです。ココに来て唯お茶を点て、お茶をいただく。頭で覚えるのじゃなく、何度も繰り返せばいいのですから。そのうちスーっと身体が動くようになります。」
「行儀作法を身につけるのもいい事ですが、それ以上にお茶は『おもいやりのこころ』『おもてなしのこころ』を育むのです。」
とおっしゃっています。
頭で覚えたものって、やらなければすぐ忘れてしまいます。
お茶もウクレレもそうですが、覚えようとしている時は身につかない。唯唯身につくまで練習を重ねる。継続をする。そうやっているといつか突然、氷が溶けて中に入っていたモノに手が届くように掴むことが出来るようになる。それまでは唯唯氷を溶かす作業のように、温めていればよい(継続していればよい)。試験の前の一夜漬けじゃなく、ずっと続けていくこと自体に価値があるのだと思えるようになりました。
更にお茶は、こんな事にもルールがあるのか。。。と思うほど、細かい作法があるのですが、それがとても気持ちいいと思えるほど、「お茶」の時間は神聖で優美で、静寂て、空気が澄んでいて、季節感を目や味で感じれるのです。
お点前をする人、客人、双方が思いやりの心で、同じ空間に居る。
細かい作法があっても堅苦しいどころか、その逆で「お茶」の時間は日々のストレスが軽減される時間なのです。出来るようになる喜びもですけれど、ただその場所に居るということ。
武士が戦いの合間にお茶を嗜んでいたというのも、ほんの少しですけれど分かった様な気がします。
ずっと続けていきたいと思います。
リフォームなどでバタバタしていて、一ヶ月もウクレレを休んでしまいました。
日々の練習を休めば、その時の状態で停滞するのではなく、後退してしまう。。。分かっていても、それをつくづくと感じました。まるで記憶が無くなってしまったかのように、指も腕も頭も曲についていけないどころか、弾き方自体まで忘れてしまっているのです。
「一日5分でもいいから、ウクレレを触って、弾き続けたほうがいいですよ。」
先生のおっしゃるとおりだと思います。
1時間練習して1週間休むよりは、一日5分でもいいから練習を続けていくほうが、記憶されていく。。。。ウクレレだけじゃなく、語学学習やその他いろいろな事にも言えることだと思います。
例えば、日々の掃除。
3年前から、「トイレ掃除は朝一番に必ず毎日やる」と決めて続けてきました。
旅行とかで家を空けた日以外、ずっと続けてきたのですが、毎日毎朝、汚れていれば勿論、汚れていなくても毎朝起きて一番最初に掃除をしていたら。。。。。綺麗な状態を維持出来るので、毎日の掃除時間が短くて済むということに気づきました。毎日掃除をしていると、サッと拭くだけで擦らなくても蛇口はピカピカに綺麗だし、ホコリもたまる前に拭くのでたまらないし、綺麗な状態をキープ出来て、日々の掃除が楽なのです。
これを昨年は毎朝15分の語学学習や、100円ノートのスクラップブックで実践してみて、「私はためずに短い時間でやったほうが、効率よく続けられる」と気づいたのです。
そう気づいていたにも関わらず、それをウクレレに活かせていなかった。。。
というか、ウクレレの事を一ヶ月思い出しもしなかった。。。
今日帰宅後、習ったウクレレのソロパートを練習しました。
まだ上手く弾けないけれど、毎日続けてみよう、継続していこうと、心に誓ったのでした。
習い事といえばもう一つ。「茶道」があります。
ただ何となく、いつかお茶を習ってみたいと密かに思っていたのです。
年々、日本文化の良さやに触れたいという思いも強くなってきていましたし、所作の美しさ、立ち居振る舞いなど、若い時は思いもしなかった仕草なども、美しくありたいと思うようになってきていたのです、
ただ、最初の頃「茶道」と聞くと、敷居が高く感じれて一歩が踏み出せなかったのですが、いろいろな「茶の湯」関連の本を読んでいたところ、ある本(森下典子さんの著書『日日是好日』)も読んだのをキッカケに、やっぱり思い切ってお茶をやってみたいと思ったのです。
どこの教室に通うかと探していたら、お友達の紹介である先生とのご縁を結んでいただき、まるで用意されていたようにトントン拍子に話が進み、不思議なくらいスムーズに「茶の道」に入っていました。
「茶道」。
通ってみると、何故こんなに出来ないのか。。。と我ながら唖然としました。
歩き方、挨拶の仕方、お茶のいただき方、お点前に至っては、何度やっても覚えられない。。。。
盆略、千歳盆略、薄茶、濃茶。。。
それぞれに、方法が違い、更に季節ごとにお道具が変わる。
柄杓(ひしゃく)でお湯を汲む時戻すとき、水を汲むとき、持ち方も変わるし汲み方も変わる。
先生は
「頭で覚えようとしなくていいです。ココに来て唯お茶を点て、お茶をいただく。頭で覚えるのじゃなく、何度も繰り返せばいいのですから。そのうちスーっと身体が動くようになります。」
「行儀作法を身につけるのもいい事ですが、それ以上にお茶は『おもいやりのこころ』『おもてなしのこころ』を育むのです。」
とおっしゃっています。
頭で覚えたものって、やらなければすぐ忘れてしまいます。
お茶もウクレレもそうですが、覚えようとしている時は身につかない。唯唯身につくまで練習を重ねる。継続をする。そうやっているといつか突然、氷が溶けて中に入っていたモノに手が届くように掴むことが出来るようになる。それまでは唯唯氷を溶かす作業のように、温めていればよい(継続していればよい)。試験の前の一夜漬けじゃなく、ずっと続けていくこと自体に価値があるのだと思えるようになりました。
更にお茶は、こんな事にもルールがあるのか。。。と思うほど、細かい作法があるのですが、それがとても気持ちいいと思えるほど、「お茶」の時間は神聖で優美で、静寂て、空気が澄んでいて、季節感を目や味で感じれるのです。
お点前をする人、客人、双方が思いやりの心で、同じ空間に居る。
細かい作法があっても堅苦しいどころか、その逆で「お茶」の時間は日々のストレスが軽減される時間なのです。出来るようになる喜びもですけれど、ただその場所に居るということ。
武士が戦いの合間にお茶を嗜んでいたというのも、ほんの少しですけれど分かった様な気がします。
ずっと続けていきたいと思います。
9.24.2012
萩の季節に
庭の萩の花はまさに今満開の時期を迎えています。
4年ほど前に「萩の寺」として有名な「瑞源寺」のご住職様に、30cm程の挿し木を戴き、それを庭に移植したものです。
それが毎年大きくなって、今年はとても見ごたえのある姿になりました。
花付きもとても良く、可愛い蝶々のようなピンクの花がすごく美しくもあり、清楚でもあり。。。
裏庭の野菜畑の隣に植えてあるので、この時期にはもうすぐ収穫予定の「さつま芋」の茎と一緒に鑑賞することになりました(笑)
春の桜もそうですが、萩の花が散り始めると、萩の株の下辺り一面が花びらで覆われて、淡いピンク色の絨毯を敷き詰めたようになります。
この萩の花が終わる頃、「夏が終わったのに、まだ日中は暑いわねぇ」と感じていた季節も終わり、本格的な「秋」へと急に変化します。
我が家は、それを目安に「さつま芋」の収穫が始まります。
食欲の秋♪
読書の秋♪
芸術の秋♪
今年は特に「読書」を楽しみたいなと思います。
平和に、穏やかに静かに過ごせる。
それがどんなに幸せなことか。。。有難いことです。
庭の萩の花
この萩。4年ほど前に「萩の寺」として有名な「瑞源寺」のご住職様に、30cm程の挿し木を戴き、それを庭に移植したものです。
それが毎年大きくなって、今年はとても見ごたえのある姿になりました。
花付きもとても良く、可愛い蝶々のようなピンクの花がすごく美しくもあり、清楚でもあり。。。
裏庭の野菜畑の隣に植えてあるので、この時期にはもうすぐ収穫予定の「さつま芋」の茎と一緒に鑑賞することになりました(笑)
春の桜もそうですが、萩の花が散り始めると、萩の株の下辺り一面が花びらで覆われて、淡いピンク色の絨毯を敷き詰めたようになります。
この萩の花が終わる頃、「夏が終わったのに、まだ日中は暑いわねぇ」と感じていた季節も終わり、本格的な「秋」へと急に変化します。
我が家は、それを目安に「さつま芋」の収穫が始まります。
食欲の秋♪
読書の秋♪
芸術の秋♪
今年は特に「読書」を楽しみたいなと思います。
平和に、穏やかに静かに過ごせる。
それがどんなに幸せなことか。。。有難いことです。
9.22.2012
梨木香歩さんの本
最近、梨木香歩さんの本を続けて何冊か読みました。
以前梨木香歩さんの「家守綺譚」を読んでから、非常に「梨木香歩」という作者の思考というか、考え方に興味が湧き、梨木香歩さんの著書をいろいろ読めば、作者の伝えたいことの全体像が判るようになるかな。。。と思ったのです。
何故興味を覚えるのか・・・読んでいる途中途中で、本を閉じてため息が出たほどに、私が願っているような。。。何かしら同じモノを感じたからです。
思考?感覚?民族と民族?、個と個?、宗教への見解?、価値観?、人間と他の生物との関係?、生きるということへの問いかけ?などなど。。。
生きている間には、決して100%解らないかもしれないけれど、それでも「私」が「私」として生きていく為の、「道」を模索している時に「そうそう」と納得できる部分。。。が梨木香歩さんの本を通して得られているように感じるのです。
最近読んだのは、「からくりからくさ」「りかさん」「蟹塚縁起」「マジョモリ」「裏庭」「村田エフェンディ滞土録」「f植物園の巣穴」「春になったら苺を摘みに」「西の魔女が死んだ」「ペンキや」「沼地のある森を抜けて」「丹生都比売」。。。
それぞれの本の個別の感想は、機会があれば記したいなと思います。
どの本からも、読後「あぁ読んで良かった!」という気持ちでいっぱいになりました。
今後もまだ読んでいない梨木香歩さんの著書は全て読んでみたいと思っています。
以前梨木香歩さんの「家守綺譚」を読んでから、非常に「梨木香歩」という作者の思考というか、考え方に興味が湧き、梨木香歩さんの著書をいろいろ読めば、作者の伝えたいことの全体像が判るようになるかな。。。と思ったのです。
何故興味を覚えるのか・・・読んでいる途中途中で、本を閉じてため息が出たほどに、私が願っているような。。。何かしら同じモノを感じたからです。
思考?感覚?民族と民族?、個と個?、宗教への見解?、価値観?、人間と他の生物との関係?、生きるということへの問いかけ?などなど。。。
生きている間には、決して100%解らないかもしれないけれど、それでも「私」が「私」として生きていく為の、「道」を模索している時に「そうそう」と納得できる部分。。。が梨木香歩さんの本を通して得られているように感じるのです。
最近読んだのは、「からくりからくさ」「りかさん」「蟹塚縁起」「マジョモリ」「裏庭」「村田エフェンディ滞土録」「f植物園の巣穴」「春になったら苺を摘みに」「西の魔女が死んだ」「ペンキや」「沼地のある森を抜けて」「丹生都比売」。。。
それぞれの本の個別の感想は、機会があれば記したいなと思います。
どの本からも、読後「あぁ読んで良かった!」という気持ちでいっぱいになりました。
今後もまだ読んでいない梨木香歩さんの著書は全て読んでみたいと思っています。
9.14.2012
リフォーム中
今、我が家はリフォーム中です。
3年前に義父の部屋とトイレを増設したので、今回は母屋をバリアフリー化する為に、リヴィングとバスルームとキッチンをリフォームすることに。
リフォーム中は仮設のキッチンとお風呂場を設置していただいているので、私の生活にはさほど支障をきたしていないのですが、足の弱い義父にとっては、仮設のお風呂入口の少しの段差の上り降りが時々しんどそう。。。
それでも、最近グルコサミンだとか、コンドロイチンなどを飲み続けているおかげなのか、本人曰く、以前よりもかなり膝が楽に曲げ伸ばしが出来るようになったと言って、少々の段差もリハビリのつもりで頑張っている様子です。
確かに、4年ほど前は一時期、病院の検診などは、車椅子で院内を移動していた事を思えば、かなり回復しているなぁ。。。と感じます。
リフォーム中は義父には不便をかけますが、リフォーム後はもっと快適になると思います。
さて、今までリビングやキッチンに置いてあった生活道具や雑貨を選別して、リフォーム後に必要な物とそうでない物をこの機会に見直そうと思っています。
当面の仮設キッチンとお風呂場で必要な食器や調理器具などは残し、後はダンボール箱に中身が判るように品目を記して梱包していきました。
現在、そのミニマムな生活道具で暮らしてみると、これが思っていたよりも不自由ではないという事に気づきました。
否、不自由どころか、これだけのモノで暮らしていけるんだなぁと。。。
特に食器は、今まで食器棚に置かれていた量の1/3から1/4くらいで日々の食事に事足りています。
雑貨はなるべくこれ以上増えないように、今持っているモノを工夫してみようと思います。
あと、本。
私は今まで大きな本棚があったらなぁ・・と思っていましたが、本も必要な本を見直そうと思います。
ついでに今まで花壇だった2畳ほどのスペースを、薬味ガーデンにして毎日の料理に使いたいものを植えてみようと思います。
ミニマムでも使いやすく、でも暮らしを楽しみたいなぁと思います。
3年前に義父の部屋とトイレを増設したので、今回は母屋をバリアフリー化する為に、リヴィングとバスルームとキッチンをリフォームすることに。
リフォーム中は仮設のキッチンとお風呂場を設置していただいているので、私の生活にはさほど支障をきたしていないのですが、足の弱い義父にとっては、仮設のお風呂入口の少しの段差の上り降りが時々しんどそう。。。
それでも、最近グルコサミンだとか、コンドロイチンなどを飲み続けているおかげなのか、本人曰く、以前よりもかなり膝が楽に曲げ伸ばしが出来るようになったと言って、少々の段差もリハビリのつもりで頑張っている様子です。
確かに、4年ほど前は一時期、病院の検診などは、車椅子で院内を移動していた事を思えば、かなり回復しているなぁ。。。と感じます。
リフォーム中は義父には不便をかけますが、リフォーム後はもっと快適になると思います。
さて、今までリビングやキッチンに置いてあった生活道具や雑貨を選別して、リフォーム後に必要な物とそうでない物をこの機会に見直そうと思っています。
当面の仮設キッチンとお風呂場で必要な食器や調理器具などは残し、後はダンボール箱に中身が判るように品目を記して梱包していきました。
現在、そのミニマムな生活道具で暮らしてみると、これが思っていたよりも不自由ではないという事に気づきました。
否、不自由どころか、これだけのモノで暮らしていけるんだなぁと。。。
特に食器は、今まで食器棚に置かれていた量の1/3から1/4くらいで日々の食事に事足りています。
雑貨はなるべくこれ以上増えないように、今持っているモノを工夫してみようと思います。
あと、本。
私は今まで大きな本棚があったらなぁ・・と思っていましたが、本も必要な本を見直そうと思います。
ついでに今まで花壇だった2畳ほどのスペースを、薬味ガーデンにして毎日の料理に使いたいものを植えてみようと思います。
ミニマムでも使いやすく、でも暮らしを楽しみたいなぁと思います。
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