7.23.2011

一つの区切りと、新しい環境


お疲れ様の言葉と一緒に家族からと会社の方々から花束をいただきました。
こちらこそ感謝です。今までありがとうございました。

ずっと天職だと思って15年間続けていた仕事に一区切りつけて、退職しました。
1~2年ほど前だったら、まだまだ頑張ろうと思っていたのですが・・・。職業柄目を酷使するのもそろそろ限界かな。。。と思って決心しました。

不思議なもので辞めると一旦決意した途端、物事は自分で想像しているよりも、まるでその機会を待っていたかのようにすんなりと引き継ぎ等が上手く進んでいきました。
いえ、不思議という言葉はふさわしくないかもしれません。
今まで学んできた「引き寄せ」の法則などからすれば、当然の流れだと思います。

そう考えると、今まで食べるため、生活していくため。。という理由で働いてきたのですが、心の声に従った結果、この時期にこういうタイミングで新しい環境へとステップアップしていく為のもの・・・と捉えることが出来ました。
今後何をしようか・・・そのことも自然と見いだせてきました。
「宇宙の法則」に抵抗せず受け入れると、不思議なことが不思議じゃなくなるんですね。

万事良好

徐々に納得しつつあるこの頃です。

7.05.2011

「丹光」と「気」と「オーラ」?と「7つのチャクラ」

先日夢で出会った「紫の光の存在」は、その後現れてはいないのですが、あの日以来目を閉じて呼吸を整えると、閉じた状態でも紫の光が見えるようになりました。
最初は小さな紫色の光で、それがどんどん膨らみ、そのうち大きくなった紫色の光が中央に向かって小さくなったかと思うと、また別のところから(例えば左の目の前から中央に・・)小さくなって消えたかと思うとまた、別の場所から現れて中央に向かって小さくなっていく状態を繰り返します。

これは何だろう?と「紫の光」「瞼を閉じて見える紫色の光」などのキーワードでネット検索をしてみたら、どうやらこれは「丹光」というモノ?光?らしいです。
丹光は紫色以外に赤や緑色になる場合もあるそうですが、私の場合今のところ見える色は全部「紫色」です。

最近では、紫色の光が現れている状態で目を半開きにしても、紫の光が見えるようになってきました。
横たわっている状態だと、目を開けると天井や天井中央から吊り下げられている照明器具が見えるのですが、その天井に向かって手を伸ばしてみると、手の周りも紫色の光で囲まれていて、手を動かす度に、その手の動きに合わせて紫色の影がついてきます。

前回手の周りの白っぽく見える「気」のことを書きましたが、それとはまた別のモノのように見えます・・・。
気になるのでネットで調べてみると、紫色に見えるのは「オーラ」と呼ばれているモノのことかもしれません。
え? これが「オーラ」?
ネットでは「オーラ」と「気」は同じようなモノのように書かれているのですが・・・・そうだとすると、私の場合は「気」と「オーラ」は別のモノのように見えます。
「気」は体験セミナーやその後読んでいる「気功」の本で習ったとおりに、気を溜める訓練をすると、どんどん増えていくのが見えます。
「気」がたくさん出ている時は、手先がジンジンしてとても重たく感じますし、その状態の時に手を光にかざしたりすると、とても強い「気」のエネルギーが手から伸びるように大きく煙のように揺らめいているのが見えます。

紫色の光のほうは、穏やかな光といいますか、とにかくボンヤリとふんわりとした感じで、手の動きについては来るけれども、「気」のような強さを感じることは無く、ただただボンヤリとついてくるといった感じです。
ひょっとして、これは「オーラ」では無くて「丹光」の残像なのでしょうか?
私には詳しくはわかりませんが、普段見えている「気」とは違うということはわかります。
「気」は白っぽい煙のようなもので、気を溜める訓練の度合いによって、その煙状の気は小さくなったり大きくなったり・・・しかも白っぽい色が他の色に変化することはなく、その煙のような「気」の先端をジーーーッと目を凝らしてみると、外側から赤→黄→青の層が見えるのですが、その三色の層の内側の煙状の「気」自体は白っぽい色以外は見えないのです。

本当は何なのでしょうね?
「気」と「オーラ」は同じなのですか? 
それとも別なのでしょうか?
今の私には解りません。
ですが、どちらにせよ見える見えないが重要ではないと思いました。
心の状態が良くなければ「良い気」は出せないのです。
「気」や「オーラ」が見えなくても、心が良い状態を保つことが大切なのではないかなと。

それよりも最近環境が大きく変わりました
ずーーーーっと悩んでいたことの一つが、まるで掃除機でその悩みが一瞬にして吸い取られたように変化したのです。
「他人を変えることは出来ない。ならば、他人がどうであろうと、私が自分のなりたい私(いつも心を曇り一つない状態でいたい)になれるように今を懸命に生きていこう」
「不満をいうことを辞めよう」
「悲しいことがあっても、つらいことがあっても、他人のせいにするのは辞めよう」
「いつも感謝できる人になりたい」
そう思って本を読んでは気づいたこと(内なる自分と向きあう)を実践してきたところ・・・
変わるとは思っていなかった人(その人とは一番身近な家族の中の一人のことだったのですが)が、驚くほど変わったのです。
かけられる言葉から、行動から、全てが180度変わって、とても心地良い状態へと変化しました。
まるで魔法にかかったように。。。。。
変わってほしいと思っていた時は変わらなかったのに、変わらなくてもいいから私はいつも幸せな気持ちを持ち続けたい・・・と願って自分の気持ちの持ち方を意識しだしたところ、気がついたら相手が変わっていました。
今心はとても穏やかになっています。

これからも、自我が現れそうになったら、おごる事なかれ、怒ることなかれ、起こる事は全て自分の心の投影だと感じ・・・「内なる自分」を見つめて、心をピュアに保てるようにしていきたいと思っています。

キャロライン・メイスさんの著書「7つのチャクラ」(川瀬勝=訳・サンマーク文庫)を読み終えました。

チャクラについてはこれまで全く無知でしたが、この本の副題「魂を生きる階段」とあるとおり、身体の七ヵ所にあるという「気(エネルギ)」の出入口のそれぞれの『7つのチャクラ」を整えることで癒されていくという内容で、いろいろな方々の体験談も交えながら書かれていました。
そして私が今このタイミングで読むことになり「なるほど・・」と頷ける箇所がたくさんありました。

何故なら、今まで私がどうしたらよい人間関係が築けるのだろう?と考えてきたり、何故過去にあのような病気をしたのかな?と思ったりしたその答えの一部がこの本の中に書かれていたからです。
しかも実践してきた順番が正に「第1チャクラ」から「第7チャクラ」までのその気場の状態を表していました。
「自分を変えたい」という思いから、「サラとソロモン」の本を読み始め、ウエイン・ダイヤー博士の本、ウイル・ボウエンさんの本、サネヤ・ロウマンさんのオリンの本などとタイミングよく出会って・・・いつも幸せな気持ちを持ち続けるには?の答え探しをしてきたのですが、自分の意識を変化させるキッカケをこれらの本から与えてもらって、気づきを貰って、そして実践してきて、その答えとは、「自分の内なる魂を成長させる」ということに今たどり着いたのです。

それも未来ではなく、「今この時を生きる為に魂を磨き続ける」ということ。
人生で起こる様々なことは、魂を成長させる為に必要なことが起こってくるということ。
魂の成長とともに、起こる内容も変化していること。
つまり、人生は「学びの場」であり、魂の階段を生きる人の為のガイドが、この本に書かれていました。
「今」だから読めた本だと思います。

心に従ってありのままにこれから生きていこうと思いました。
そしてまだまだ、気づきがあるのだろうと思います。

<追記>
後日、丹光でいろいろなヴィジョンが見えるようになりました。
その記事はこちらです。
http://faun-motivation-to-learn.blogspot.com/2011/08/blog-post.html

6.18.2011

「気」と「チャクラ」と「紫の光の存在 -- Purple Light of Being」と「パワーストーン」

最近、いろいろな事が起こって、環境も変わって、体調もそれに伴い変化しています。
ここ数週間で起こっていることが、まだ整理出来ていない状態ですが、少しずつ書き記しておきたいと思います。

意識して見るようになって気づいたのですが、自分や他の方々、或いは動物、植物の周りにふんわりと漂っている白っぽいモヤモヤとした煙状のもの・・。これは一体なんなのだろう?

最初は目が悪いからかとか、脳がおかしいのかな?とか、心配して、老眼が進んでいるからかな?と眼科を受信してみたり老眼鏡をかえてみたり、脳ドックを受診してみたり・・・。
多少年齢的な症状はみられるものの、まぁ別段心配するほどの異常は無いということ。。

それでも、そのモヤモヤとした白いモノが、やたらと気になってきて、ネットで偶然見つけた気功の体験セミナーに参加して教えていただいたのですが、それが「気」であるらしいということが分かりました。

「気」は、宇宙からの「気(エネルギー)」を体内に取り込み循環させて、また外に出しているそうです。
「気」って見える人には見えるそうです。
というか、誰でも見ようとおもえば見えるようになるとか・・・。
その体験セミナーで習った「用手」という邪気を体内から逃がす方法と、気のパワーを溜める方法を習ったので、翌日から時間を見つけては練習するようにしています。

その後、手のまわりの白いモヤをじっくりと見ていたら、そのモヤの外側には、手に近い側から青(少々緑っぽい?)・黄色(ベージュっぽい?)・赤の順に3層の色がついていることに気がつきました。
図にするとこんな感じ↓(アバウトですみません。。)
本当にうっすら~と見えるだけなので、今の今まで気付かなかっただけなのかな?
「気」が視えることに気づいてから、キッチンに置いてあるシクラメンの花鉢に毎朝気を送るようにしていたところ!!!
昨年冬から春先まで咲いていた花が終わった後、葉だけの状態だったのですが、またどんどん蕾が出てきて現在たくさんの蕾が花を咲かせ始めました。
シクラメンって、冬と夏と花が咲く二季咲きでしたっけ?
偶然なのか、「気」のエネルギーパワーなのか・・・解りませんが、シクラメンは可愛い花を咲かせています。

もう一つ。
一年ほど前から、頭の頂天が時々モサモサとした感じがすることも、その気功セミナーでお話ししたところ、それは「チャクラ?が活性化している」ということだそうです。

『チャクラ』って?
それについてはまだ自分の中で理解が出来ていなくて、先日楽天ブックスで「7つのチャクラ キャロライン・メイス著(サンマーク出版)」の本も読みはじめています。
なかなか興味深い本です。
著者は、アメリカで直観医療の第一人者の方だそうで、気のエネルギーとチャクラのバランスが崩れることで身体にどのような影響を及ぼすのかが詳しく書かれています。
それによると、頭の頂天は、「第七チャクラ」の部分だそうです。
まだ読んでいる途中なので。読了しましたら感想を書きたいと思います。

そして今一番気になっているのは、最近就寝時に、夢か現実か・・・判らない状態時に現れた『紫の光の存在』のことで、その出来事についても記しておきたいと思います。

その『紫の光の存在』が現れる一週間ほど前にも、不思議な存在が夢?に現れました。
その存在が現れた瞬間、「あまり好ましくない存在」だと気づいたのですが、金縛りにあってしまい、身体も動かず、声も全く出せない状態になってしまっていました。
そしてその「あまり好ましくない存在」が不気味な笑い声を発しながらどんどん近づいてきて、私のお腹の中に直径15~16cmほどの黒い球状のものをグーッと入れていったのです。
恐怖で、とにかく声を出さなきゃ・・・と思い、やっと出たのは「フーーー」っという弱々しい声でした。
その声が出せた途端、その「あまり好ましくない存在」は、フッと消えて、金縛りもとけて夢から覚めました。

あまりにも気分の良くない夢?を見たためか、その時以来、体調を少し崩し、それと同時に、自律神経のバランスも崩してしまったみたいで、そうなると、気力も無くなり。。。と悪循環に陥ってしまっていました。
折角「気」のエネルギーをチャージする方法を習っていたのに・・・。
と思いつつ、身体と精神のバランスが崩れている・・・そんな感じがしばらく続いていました。

そして、15年間勤務していた仕事も辞めることにしました。

気分がすぐれず、ボーッとしながら目の前にあった本(購入して後日読もうと思っていた本)で、「プレアデス 覚醒への道―光と癒しのワークブック アモラ・クワンイン著 コスモテン出版」をパラパラと開いてみたところ、「家の浄化」の方法が書かれていたので、それをイメージしてみました。
(詳しくは省きますが、私がイメージしたのは、金色のグリッド状のcocoon(繭)で家と庭全体を包みこんで更にその周りを紫の光で包んで結界を作る・・・というものです)
この「家の浄化」は、精神的に私を安心させてくれました。
アモラさんのこの本も読むのを楽しみにしているのです。


それからしばらくして。長男が帰宅した時、買物のついでにパワーストーンの専門店に出掛け、小さな紫水晶(アメジスト)の指輪を買いました。
購入した紫水晶(amethyst)の指輪
水晶の群晶で浄化中

この紫水晶の指輪は見た瞬間に気に入って、しかも最後の一個だったので即購入しました。
そして、この指輪をして眠ったところ、「紫の光の存在」が夢?に現れたのです。

眠っていてふと目を覚ますと(本当は眠っていたのかもしれません)、目の前に紫色の美しい光が現れて、その光が足元で「体内を浄化しましょう」と話しかけ、私の足の指に触れたのです。
その瞬間から、私の身体が足から徐々に頭まで紫色の光に包まれていきました。
何がなんだか解らず、目を閉じたのですが、瞼の奥でも紫色の光が閃光を放っていました。
この『紫の光の存在』は、前回の「あまり好ましくないない存在」の時とは違い、恐怖や不気味さは無かったのです。
しかも、金縛りのように身体が動かないということは無く、動かそうと思えば動かせたと思います。
だけど、なぜかこの時は、ジッとしていました。
気がついたら、朝になっていました。

紫の指輪を購入した事が意識の中にあって、そのような夢をみたのかもしれません。
でも、私としては。『紫の光の存在』は、私を浄化してくれたのだ・・・と、信じているのです。
何故そう思うのか。。。説明はできないのですが、何故かそう思うのです。

それ以来「パワーストーン」と「チャクラ」と「気のパワー」にどんどん興味を持つようになりました。

細かなことを書けば、他にもいろいろな事が起こっているのですが、戯言と思われるか、興味をいだきますかは、読まれた方の判断に委ねたいと思います。

いまは少しずつ体調が良くなってきていますので、やはり「心を磨く」「魂の成長」をこれからも考え続けていきたいと思っています。

似たような事が経験をされた方、あるいは『紫の光の存在』について何か関係ある情報をお持ちの方がいらしたら、コメントをいただけたら嬉しいです。

<追伸>
最近よくCMで見かけるシャスタのお山の水「クリスタルガイザー」をよく飲むようになりました。
このお水には、バナジウムが含まれていて、穏やかに血糖値を下げる効果があるかな?と思って飲み始めたのですが、とっても甘く感じられてすごく美味しいのです。
シャスタのお山にも興味を持ち始めたこの頃です。

<追記>
後日、丹光が見えるようになりました。
その記事はこちらです。↓
http://faun-motivation-to-learn.blogspot.com/2011/07/blog-post.html

5.18.2011

Orin's Meditation Room

Orin: The Dawning of a New Light 
(The screen of My iPod touch)

毎朝の日課にしている事として、Evernoteを使っての15分間の英語学習の記事を以前書きました。今年から始めて5ヶ月が経過していますが、ここ最近ではその英語学習にプラスしてMeditation(瞑想)も行うようになりました。

自分の中で、「自分を変えたい」、「どうしたら辛いことや悲しいことや、苦しいと思うような出来事が起こっても、いつも幸せな気持ちを持ち続けることが出来るだろうか」、「いつか、どんな時でも心を透明な曇り一つない状態でいられる自分になりたい」、という思いがいつしか湧きでてきて、それを実現するためにと、少しずつ本を読んだりネットを見たりしてきました。

素晴らしい本や、人との出会いもあったりして、少しずつですが、以前よりは感情のままに行動したり口に出したりする事はかなり減ってきた・・・と思っているのですが、それでもまだ時々感情に支配されていて、口には出さなくても心の中でそれに囚われている時があり、嫌な思いや感情を手放すのに時間が掛かる場合があります。
完全に手放すまでは、「自分にとって起こって欲しくない事が繰り返し起こってくる」と、今まで読んできた本には、言葉の選び方こそ違っても同じようなニュアンスで書かれていました。

「あらゆる出来事を許容・可能にすること。」
これが完全に出来るまでは、何度も何度も繰り返されるということ。
本当に「許容・可能」に出来れば、嫌だと思っていた出来事が、嫌な出来事だという捉え方では無くなってくるということも学びました。そしてそういう気持ちの変化も少しずつ経験もしてきました。

「魂を磨くこと。」「魂を成長させること」
これが今の私が望んでいることだとも気づきました。

そしてふと、心を一定時間とにかく穏やかに保ち、静かに考えたり、幸せな空想の世界に浸ったりする時間を設けることで、日常の世界でも同じように、穏やかに過ごせる癖づけを出来るようになれたらと思い、瞑想をしてみよう・・・と思ったのでした。

瞑想するようになって、これまでには、Ester and Jerry Hicks夫妻の、”Getting into the Vortex-Guided Meditations CD”なども取り寄せて聴いてみたり、心が落ち着くBGMを探したりして試みてきました。

それらのものも良かったのですが、今の私にとって心地良く感じるものをさらに見つけました。
それは、最近ご紹介させていただいたサネヤ・ロウマンさんが書かれた本に出てくる"光の存在 オリン"のウェブサイト"Orin and Daben Home Page"の中の、"Orin's Meditation Room"でした。

この"Orin's Meditation Room"のページ内に無料でダウンロード出来る瞑想がたくさんあったので、試しにファイルをダウンロードして、iPodに入れて聴きながら瞑想を繰り返してみたところ・・・・これが私にとっては非常に効果があったのです。

(A screen of My iPod touch)

サネヤさんの話されている英語は非常にゆっくりで解りやすく、声も聞き取りやすいです。
何よりも聴いている間、とてもリラックス出来て、イメージが掴みやすいのです。
光の中にいるイメージ、争いが無い世界、愛に満ち溢れた世界をイメージ出来て、瞑想が終わった後もその幸せな気分で一日が過ごせますようにと祈りつつ、一日をスタートさせることが出来るようになりました。
しばらく続けてみようと思っています。
心地良い気分でいられるというのは、とてもありがたい事です。


ところで、この瞑想を始めてから、それに伴って嬉しい変化が有りました。
毎日毎日Evernoteに取り込んでいたEster and Jerry Hicks夫妻の、"Ask and It Is Given, Perpetual Flip Calendar"ですが、瞑想時に使っているサネヤ・ロウマンさんのOrin's Meditation Roomに出てくる英語の単語と被るものが非常に多くて、書く英語が聴く英語と上手にlinkingして、相乗効果を上げているようです。

この毎朝15分の英語学習をある程度続けてきて、スピリチュアルな世界によく使われる英単語が、自分の脳内で蓄積されてきて、Meditation時のサネヤさんの英語を聴き始めるタイミングとしては今が丁度よかったらしく、ストレスが無くスムーズに聴き取れているのだと思います。

英語の「書く・読む」以外の能力「聴く」を強化する上で、このタイミングで、自然とMeditationをしたいと思うようになったのも、何か不思議なものを感じます。

今年「英語学習を継続していきたい」と、年頭で決意したのですが、それをスムーズに実行していく為の方法やアイテムが自然と集まってきている・・・そんな気がしました。

・去年の暮れに、友人がiPod touchを購入したので、私も買ってみた。
・Evernoteを情報収集する為に使ったり、英語学習継続の為にiPodにもEvernoteを入れて使ってみた。
・「Ask and It Is Given, Perpetual Flip Calendar」というカレンダーを使って、一風変わった英語学習を始める。
・サネヤ・ロウマンさんのオリン関連本で、自分の魂を成長させたいと思うようになる。
・Orin's Meditation Roomの瞑想をダウンロードして、iPodに入れて聴くようになる。

「英語学習を継続していく」という願いが、魂の成長を考えているのと同時に繋がっていて、叶えられていると思ったら、とても嬉しく感じました。
まさに、Ask and It Is Given(求めよ、さらば与えられん)の言葉どおりになっているようです。

最初、宇宙エネルギーの集合体のエイブラハムの言葉と、光の存在オリンの言葉は、別々の情報として受け取っていたのですが、共通する情報が多いので使用する単語も似ているので、今までに学習してきた英語もすごく活かされていることを感じています。
全ては繋がっている。。。そう思えるこの頃です。

4.24.2011

Personal Power Through Awareness by Sanaya Roman (パーソナル・パワー サネヤ・ロウマン)



Personal Power Through Awareness
by Sanaya Roman
パーソナル・パワー サネヤ・ロウマン著
出版:マホロバアート
ISBN4-944035-24-1

先日ご紹介した「Living with Joy(リヴィング・ウイズ・ジョイ)」と同じくサネヤ・ロウマンさんの本です。リヴィング・ウイズ・ジョイでは「喜びに生きる」方法を学びました。

そして今回の本は、副題に「光の存在オリン 人間関係とテレパシーを語る」とあるとおり、前回同様、光の存在オリンからのメッセージの中の「人間関係」と「テレパシー」について書かれています。
「テレパシー」というと、なにやら不思議な超常現象のように感じますが、テレパシーとは人間が本来から持っている能力のことだそうです。

今まで無意識の領域だった、「他人から受けるテレパシー」、「自分が発しているテレパシー」に意識を向けることで、テレパシーを感じるようになり、それに気づくことで、他人との関わり方と自分自身の考え方や、行動を良い方向へとシフトする事が出来るようになり、より良い人間関係を築きあげましょうという内容です。

前回読んだ「リヴィング・ウイズ・ジョイ」もとても素晴らしい内容でしたが、この「パーソナル・パワー」は私にとって、更に学ぶことがとても多くて、意味深く素晴らしい本でした。
この本からも高いエネルギーを感じます。

この本で特に印象に残ったところを引用しますと、
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P117
「私はいい人間だ。霊的な人間だ。愛に満ちた人物だ」などという観念は、自分の行動を決定し、同時に自分自身を制限することがあります。
たとえば、「私は立派な人間だ」などど、自分自身を固定的なイメージで規定していると、いつも自分のすることを立派かそうでないかと判断していることになります。
立派な人間は「いつもありがとう」というもんだ、といった具合に、「立派」に関して厳格な定義づけをしていると、自分の好きな人が「ありがとう」と言わなかった場合、あなたは「立派」の定義を変えるか、その友人を「立派ではない」と判断しなくてはならなくなります。
このように、柔軟性のないイメージを持っていると、正誤とか善悪といった二元論に陥ることになります。
だから、自分や他人がどんな人かという定義を拡大してください。
そして、自分が持っているイメージを調べて、開放し、それを批判的で閉ざされたものではなく、柔軟で開かれたものになるようにしてください。
自分はどうあるべきだという固定的なイメージに、自分の行為すべてを照らし合わせているかぎり、判断の世界にはまり込んでしまい、高い次元に進化することはできません。
-------------

この内容は、私も以前よく陥ってしまっていた考え方でした。
すぐに正誤や善悪で判断してしまっていました。正誤や善悪を自分のイメージで決めてしまって、人や自分を裁いていたのです。
では、そのイメージを開放するためにはどうすればいいのか・・・。
さらに引用しますと、

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P118
イメージを開放するには、それを意識的に見ることです。
そして、自分の意識的なマインドを信頼してください。
平穏な状態で、自分自身を分析することに時間を使うと、無意識なことも意識できるようになります。
そして、この過程を通じて、進化が起こります。
否定的な、あるいは、自分を制限するイメージを見つけるたびに、光がそこにさし込んでいるところを想像してください。
それ以外には何もする必要はありません。
--------------

では、行動はどうすればいいのでしょう?
もう少し引用します。

--------------
P127
成長するのに、苦痛や葛藤を経験する必要はありません。
深い真実を見いだすための出口は「気づき」です。
それは真実のヴィジョンに注意を向け、そのヴィジョンを維持することです。
そして、誠実に行動すればするほど、もっと進化します。
(途中省略)
だから、人生で困難に見えたり、つらく感じれる状況に感謝し、そういう状況は自分のより深い真実に触れる機会なんだということをわかってください。
それは、分裂し、怒り、復讐し、自己正当化するように自分を仕向ける真実ではなく、また自分と他人とどちらが正しくて、どちらが間違っているかを決める真実でもなく、深い次元で人々と結びつくことを可能にする真実です。
(途中省略)
あらゆる人や状況は、自分のエネルギーを浄化し、自分自身を進化させ、より高く行くための機会を与えています。その最大の見返りは、一度ある状況が浄化されると、二度とその問題を扱う必要がなくなるということです。
あなたが自分を自分で傷つけないかぎり、他人から傷つけられることはありません。
自分で自分を評価し、愛していれば、他人から裏切られたり、認められなかったり、愛されなかったりすることはないのです。
---------------

とても、とても深いメッセージです。
私はこのメッセージの意味がわかるようになるまで、とても長い時間がかかりました。

嫌なことが起こると、その物事のせいにしたり、嫌な事を言われるとその人のせいにしたり・・・。
その度に否定的な感情やイメージが現れて、そういうことを思うのが嫌で反論したり、そこから逃げようとしたり、落ち込んだり・・・。

自分自身を変えたい(気づきたい)と思うようになってからでも、一体何をすればいいのか模索し続け、何冊もの本を読み、素晴らしい本とも出会い、少しずつ自分が進化しているのがわかってきましたが、それでもまだ何かを気づかなければいけないと、思っていました。

でも、何度も何度もそういう状況が繰り返される一番の理由は、「自分自身を認め、心から自分自身を敬っていなかった」のだと気づきました。
自分を敬い、自分を愛することが出来るならば、他人も敬い他人も愛することが出来るのだということ。。。また、自分を心から敬うことが出来れば、他人から傷つけられることも起きないということも。。。

他の物事や、他人から受けることはテレパシーとなって自分に届きます。
自分が他の物事や他人に発していることもテレパシーとなって届きます。
自分自身の感情に気づくことが出来れば、自分を愛することや敬うことによって、そのテレパシーを良質なものに変えることが出来る。。。そう思いました。
辛いことや嫌な事が起きる時は、自分自身を見つめ自分を敬い、自分磨きをすることを忘れているのかもしれない。そのことに気づく。
その方法が書かれている本でした。

この本は何度も読み返したいです。
まだまだ気づきがあるかもしれません。

嬉しいことがありました。
サネヤ・ロウマンさんの本は4冊所持していましたが、更にもう一冊「魂の愛」も手元に届きました。
「魂の愛」は、マホロバアートさんから出版されたものが絶版になっていて、最近ナチュラル・スピリットさんから復刊されたそうです。
ところが、私の手元に届いたこの「魂の愛」はマホロバアートさんから発刊された絶版になったほうの本でした。


綺麗な美しいマゼンタ色の表紙です。


この本もこれから読むのが楽しみです。
また、読了後は感想を書きたいと思います。

その前に次は「Spiritual Growth スピリチュアル・グロース」を読む予定です。”光の存在オリン、ハイアーセルフを語る”そうです。いよいよハイヤーセルフとは何か・・・を学べます。

4.09.2011

Living with Joy by Sanaya Roman (リヴィング・ウイズ・ジョイ--サネヤ・ロウマン)


サネヤ・ロウマンさんの本4冊

・まず「本」で思うこと。
2~3年ほど前から、よく本を読むようになりました。
それまでは活字が苦手でした。それが何故かわからないのですが、突然急に本が読みたくなったのです。

何かを始める時には、いつもその時々に求めている「必要な情報」が書かれている本に、まるで吸い寄せられるように感じる時があります。
「サラとソロモン」の時も、ウエイン・W・ダイアー博士の「思い通りに生きる人の引き寄せの法則」の時もそうでした。
本屋さんへ行って本棚の前に立つ時、何故か頭の頂天付近がピリピリとする時があります。その本棚の本の背表紙を眺めて、直感的に気になる本を手に取ってページをめくってみると、そこに自分が求めていた事が書かれていたり。。。
「今日はきっと素晴らしい本に巡り会える」と思って古本屋さんに行ってみると、ずっと探していた本が格安で購入できたり。(どなたかが必然的なタイミングで、私がその本を読めるように手放してくれたのだと思うようにしています。)
それらの本がその時々の私を助けてくれています。

私は数年前から、突然自分自身を変えたい、変わりたいと思うようになりました。
(今にして思えば、変えたいというよりも「気づきたい」ということだったのだと思います。)
何がきっかけだったのかは、思い出せないのですが、(ムーミンの本に惹かれてからか、とある友人の優しい感覚に触れてからか。。。)でもどれも時は同じ頃だったと思います。
ムーミンママのような人って素敵だなと思って、どうしたらママのような考え方になれるのかなと、思ったのも確かですし、ある友人と知り合って、彼女のような考え方って素敵だなと思ったのも同じ頃でした。
そういう出会いが重なって、徐々に自分もそう在ったらいいなと思うようになっていったのだと思います。

それ以前の私は、自分を変えずに、他の人が変わればいいなと思っていたのだと思います。
世の中が悪いのは、悪い人がいるからだと思い、その人達が心を入れ替えたらいいのになと思ったり、腹立たしい事があれば、その相手やそのモノのせいにしたり。。。。
正義とは、悪い人に悪いことだときちんと正すことだとも思っていました。
それが、本を読むようになって、少しずつ考えが変わってきました。
「自分の考えが正しいと思って、自分からすれば間違っている考えを持っている相手を正すことが、実は正しいことではないのかもしれない。正義とは、それ自体が変わることもあるのではないかと。。」
自分が正しいと思うことでも、他の人からみたら正しくないことだってあるし、他の人が間違っているように見えても、実は奥深い何かの理由があって、そうしている場合もあるのかもしれないし・・・。
いろいろな本を読んでいる間に、「自分だけの感じ方で人を裁いてはいけない」ということを学べたと思っています。
裁くという方法で得た正義では、「心の底から幸せ」だと感じることが出来ないということも経験しました。「心の底からの平和」「心の底からの幸せ」は、自分にとって心地良くない相手やモノを「許容」することで始めて得られるものだということもわかってきました。


そうして、最近巡り会えた本が、これらのサネヤ・ロウマンさんの本でした。

最初に読みだしたのが、「パーソナル・パワー」だったのですが、読みだしてすぐに、最初に読むのなら「リヴィング・ウイズ・ジョイ」が良いかなとふと思い、思い切って「リヴィング・ウイズ・ジョイ」と「スピリチュアル・グロース」「クリエイティング・マネー」も注文して、現在のところ、サネヤ・ロウマンさんの本は4冊持っています。
(これらの本も集めようと必死にならなくても、「タイミングよく私の手元に届いた」という感覚です。丁度楽天の期間限定ポイントがあったので、ふと楽天ブックスを見たら「スピリチュアル・グロース」が残りあと2冊と表示されていて、ポイントで購入出来たり。「クリエイティング・マネー」が古書で格安で手に入ったり・・・と。)

・リヴィング・ウイズ・ジョイについて

タイトルにとても惹かれました。
Living with Joy (リヴィング・ウイズ・ジョイ---喜びに生きる)
著者:サネヤ・ロウマン
出版社:マホロバアート
ISBN-13: 978-4944035335
発売日: 1991/03

「喜びに生きる」ということは、私が今一番、「そう在りたいと願っている事」でした。
なので、この本のタイトルを見た瞬間から、この本を早く読んでみたいと思ったのです。
どのような状態であっても、
「心から幸せな気持ちを持ち続けるにはどうしたらいいのだろうか」
そう思った時に手にした本です。
この本は、ものすごいエネルギーを感じる本です。

このリヴィング・ウイズ・ジョイは、オリンという高次元の光の存在が、著者のサネヤ・ロウマンさんを通して、「喜びとは何か、自分を愛し敬うこと、すべてのものを肯定的に変えること、ハートを開くこと、感謝すること、内なる平和を保つこと、明晰であること、高い目的に生きること」などについて語ったことを本にしてまとめたものです。
それぞれの章を読み終える毎に簡単なワーク(プレイシート)があって、それらの問に答えていくうちに、自分が今何を問題としているのか、何を求めているのか、その目的を達成するためには何が必要で何が大切なのかを、見つめられるようになっています。


私がこの本で特に印象に残っている章があります。
4章の「否定的なものを肯定的に変える」です。
一部引用しますと、
P56『あらゆる状況、人々、出来事を肯定的な観点から見ることができると、世間一般的な考え方と高密度のエネルギーの次元から抜け出し、喜びの道を歩くことができます。』


P58『自分の人生により高い善が起こっていることを知りたいならば、限られた物の見方をやめ、自分の人生の視野を拡大してください。過去の行為は、あなたがそれについての否定的な信念を手放し、捨て去るまで、しばしば錨のような役割を果たします。あなた方の中には、うまくいかなかった過去の関係を持ち歩いている人がいます。たぶん、あなたのハートには古い傷や馬鹿にされた気持ちが残っているからでしょう。そういうときには、過去に戻って、人々があなたにくれた贈り物とあなたが彼らにしてあげたよいことを思い出すことで、否定的な気持ちを変えることが出来ます。そして、その当時彼らが何才であったとしても、今、彼らに許しと愛をテレパシーで伝えることができ、自分自身と彼らの両方を癒すことができます。その癒しは現在にもまた起こり、自分の未来に否定的なパターンが投影されるのを防ぎます。
私が過去について話すことから始めたのは、多くの人々が過去の自分について否定的なイメージを持っているからです。あなたは成長し、進化し、自分のエネルギーを取り扱う新しい方法を今ここで学んでいます。もし過去の出来事がなかったら、現在のあなたというものは存在しないのです。』


P62『また、外部世界は内部世界より重要であるという大衆の信念がありますが、これも変わりつつあります。さらに、すべての人々に十分なものがあるわけではないという、欠乏を信じる大衆の信念があります。これはあなた方の文明の基盤になる信念で、競争と闘争の原因になっています。私はそれを否定的に批判しているのではなく、人々の中には人生を困難にするやり方で学ぶ人たちもいる、という観察にすぎません。あなたは新しい考えの最前線に立つことができます。』


モノに執着せず手放すことで逆に得られることも有りますよと伝えています。


この後、
『豊かさ、内的世界の認識という考え、喜びを通じて成長を学ぶという考えをあなたはすすんで信じますか』
と、続いていくのですが、
『憎めば憎むほど、ますますそれに縛りつけられてしまい、愛すれば愛するほど、それからより自由になります。』とあります。
「愛することによって、憎しみを手放す」ということ。
以前読んだウイル・ボウエンさんの『もう、不満は言わない「実践編」』でも少し触れましたが、「手放す」こと、「許容すること」が出来れば、「不満」となることが発生しても、瞬時にそれを違うものに置き換えれるようになるのだと思いました。


まだまだ学びたいことがたくさんありますので、サネヤ・ロウマンさんのオリンの言葉から、自分を見つめるよい機会が持てたことを嬉しく思っています。


他の本もこれから読むのが楽しみです。

4.02.2011

かふぇ・たぁるさんにて

かふぇ・たぁるさんにて

次男が帰省すると、時々行くのが「かふぇ・たぁる」さん。
丁寧にハンドドリップで淹れて下さる美味しい二三味珈琲と、手作りの可愛く飾られた美味しいケーキを注文して、窓辺の席でお気に入りの本をじっくりと読む・・・という非常に贅沢な時間と空間を与えて下さるカフェです。
昨日は次男が運転して連れていってくれました。
のんびりとしたい時に行きたくなります。